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弘前観光情報

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弘前はネプタは勿論のこと通年で楽しめる都市です。主だった観光名所をご紹介します。
随時更新していきます。大好きな弘前に是非お越しください。

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場所  弘前市西茂森1丁目8
所有者 長勝寺

慶長16年(1611年)弘前城を造営した津軽信政公がここに禅宗三十三ケ寺を集め宗教・思想文化の上に大きな役目をして今日に至っています。
黒門は外枡形・土居・濠跡及び曹洞宗寺院群と共に史跡弘前城跡長勝寺を構成する重要な遺構の一つで長勝寺三門杉並木とあいまって西茂森禅林街の歴史的な環境を作り出しています。
現位置における記録上の所見は貞享4年(1687年)作成「長勝寺
耕春院惣構」の図に見られそれは長勝寺境内入り口を示す総門(表門)としての機能を有していたそうです。
この門が城郭建築に見られる高麗門形式なっているのは長勝寺一帯が弘前城の出城として格付けされていたことによると推測されます。
本城(弘前公園内)にない高麗門形式が出城としての長勝寺構に現存することは興味深いですが建造当初からの形式かは定かではありません

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重要文化財 長勝寺


写真は重要文化財長勝寺三門です。
この三門は寛永6年(1629年)二代藩主津軽信枚により建立されたものです。以後、数回の改造を経て文化6年(1809年)には火燈窓を設けるなどし現在の形となりました。
上下層とも桁行9.7m、梁間5.8mで棟高16.2mです。
組物を三手先詰組とし上層縁廻の勾欄親柱に逆蓮柱を用いるなど禅宗様の手法を基本としています。又、柱は上から下までの通し柱で特殊な構造となっている楼門です。

三門を入りすぐに右手の銅鐘は嘉元4年(1306年)の紀年銘があることから嘉元の鐘と呼ばれています。寄進者の筆頭に鎌倉幕府の執権だった北条貞時の法名があり、更に津軽曽我氏の統領や安藤一族と思われる名前なども陰刻されています。中世の文献がほとんどない当地において北条氏と津軽の関係を示す貴重な文化財です。

慶長15年(1610年)に造営されたと言われる本堂は津軽氏の菩提寺。
現在は大規模な保存工事が行われていました。

弘前昇天教会聖堂

弘前昇天教会聖堂。日本聖公会(英国国教会系)

弘前に宣教が開始されたのは明治29年(1896年)で現聖堂の建築は米人宣教師シャーリ・H・ニコルス司祭(後に京都教区主教)の下に、大正10年(1921年)に行われました。
設計者は、現在愛知県の明治村に残る聖ヨハネ教会と同じく米人ジェームズ・M。ガーディナー(1857年〜1925年)で請負者は大工・林緑だそうです。
レンガ造りの平屋建てで全体がゴシック様式に纏められておりイギリス積み(イングリッシュ・ボンド)のレンガ、開口部廻りと控壁上の水切りに用いた石材などが建物の重厚さを出しています。
又、内部のトラスから祭壇に至るアンティックな空間は見事です。
正面右より上部の三葉飾りのアーチにある鐘は朝夕の祈りの時間に清澄な音で時を告げ市民に親しまれています。

旧弘前市立図書館

明治39年3月に竣工したこの建物は斉藤主・堀江佐吉らが旧東奥義塾の敷地に建てて、弘前に寄贈したものです。
 設計・施工は堀江佐吉で、木造洋風・ルネッサンス様式を基調とした手法に和風様式が随所に取り入れられています。外観は石積基礎に白漆喰塗り壁、屋根はレンガ色の鉄板葺き、各階の軒先蛇腹・窓の形・屋根飾り・八角形の双搭を左右に配して柱型を強調しているなど、洋風技法の水準の高さを感じさせています。
 その後昭和6年までは弘前市立図書館として利用されていましたが図書館の移転に伴って堀江家の子孫に払い下げられ、市内富野町に移築されていたのを平成2年7月弘前市制100周年記念施設のひとつとして現在の弘前市役所向かいに復元したものです。
一階は旧図書館の携帯を復元して公開し、旧図書館の関連資料の展示を行っています。
 二階は郷土の出版社の出版物を展示し、郷土の文学の動向や文芸団体の活動を紹介しています。又、ビデオ映像によって文学碑めぐりを放映しています。
入場は無料です。

青森銀行記念館


写真の建物は青森銀行の母体となった旧第五十九銀行(明治12年(1879年)1月に第五十九国立銀行として創立)本店として明治37年(1904年)に建築されたものです。
昭和18年(1943年)10月、第五十九銀行ほか数行が合併して青森銀行が創立された後は弘前支店に転用されたが昭和40年(1965年)5月に支店新築にあたり、現在の地に移転し第五十九銀行時代の貴重なる記念物として、又、弘前における明治期の文化財として永く保存することにしたものです。
設計施工は旧弘前市立図書館と同じく当時名匠といわれた弘前市の棟梁堀江佐吉氏の手によるもので構造は木造(鼾゙を多用)。ルネッサンス様式の洋風建築としてこの地方に極めて貴重なものです。

観覧期間  4月1日〜11月30日
      2月上旬の弘前城雪灯籠まつり期間中
観覧時間  午前9時30分〜午後4時30分
      但し下記期間は午後6時まで
      弘前桜まつり   (4月下旬〜5月上旬)
      弘前ねぷたまつり (8月1日〜8月6日)
      弘前城雪灯籠まつり(2月上旬)
料金    一般200円(団体割引あり)
      小中100円(   〃  )
無料観覧日 毎月15日
      弘前桜まつり期間中
      弘前ねぷたまつり期間中
      弘前もみじと菊まつり期間中

弘前教会


弘前教会は、明治8年(1875年)10月、「弘前公会」の名で創設された東北最古のプロテスタント教会です。同年6月、東奥義塾の英語教師ジョン・イングの感化によって14名の学生が洗礼を受けたことがきっかけとなり、塾長の本多廣一が初代牧師となって出発しました。
以来聖書を唯一の基準とする福音主義の立場に立ちつつ、メソジスト派の果敢な伝道精神を受け継いで、津軽一円にキリストの愛の教えを広めました。
また、弘前学院(聖愛高校)もこの教会から誕生しました。
現在の礼拝堂は明治39年(1906年)に建てられたもので弘前教会の長老桜庭駒五郎の設計、名工堀江佐吉の子斉藤伊三郎の施工によるものです。明治の洋風ゴシック式木造建築として極めて貴重な建物です。

誓願寺山門

この山門は京都誓願寺山門を模し江戸時代中期に建立されたと推定されています。
誓願寺は慶長年間に南津軽群大光寺より現在の場所に移されましたが以後数回の火災に遭遇しましたが幸いに山門は片扉を失っただけで今日に伝えられています。
こけら葺、妻入りの重層四脚門で高さ6.9M、正面に切妻破風の妻えお配置し少しも小さな感じさせない量感あふれる力作で桃山時代の手法を残し珍しい形と共に地方色豊かな建物として高く評価されています。
屋根軒下部分に飾られている懸魚に鶴と亀とが鶴亀門として呼ばれ市民に親しまれているものです。

長勝寺構(黒門)

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最勝院 五重塔


正式名称は金剛山光明寺最勝院。総本山は京都市東山の智積院、宗派は真言宗智山派の密教寺院です。本尊は金剛界大日如来、秘仏として五智如来、猫突不動明王、文殊菩薩、聖徳太子、牛頭天王、歓喜天(聖天)、 青面金剛等が祀られています。
 天文元年(1532年)に高僧弘信上人が、堀越城外萩野の地に三宇の伽藍を造営し開基した。
慶長14年(1609年)二代津軽藩主信枚が高岡の新城(現在の弘前城)を築いた時、最勝院第六世日雄が地鎮の法式を執行し、慶長16年(1611年)新城の鬼門に当たる田町へ移転し弘前八幡宮別当となり、そこに十二ヶ寺の塔頭寺院を擁していたそうです。重要文化財『神社微細社司由緒調書上帳』が現存し、当時の権勢の程を窺わせる。

正面の仁王門の金剛力士像は岩木山旧百澤寺の山門に安置されて
いたものと伝えられる。また、現在の最勝院護摩堂は旧大圓寺の本堂であり、明和9年(1772年)に奉納された本尊牛頭天王尊がそのままに奉安されており、旧暦6月13日はこの牛頭天王尊のご縁日(例大祭)として善男善女が多数参拝し、大変なにぎわいが藩政時代より連綿と続けられている。
 また、文殊菩薩は古くから卯年生まれ一代様として親しまれていた。学業に御利益があるとされるため、近年においては修学旅行生も多く立ち寄り、受験合格を祈念しお守りを求めてゆく。
 弘前近郷においては宗派を問わずに多くの人々より信仰を受け、正月の元朝祈願参拝者数は、弘前市最大の規模となっている。

県重宝旧伊藤家住宅

この建物(門しか写っていませんが・・)は、藩政時代に代々藩医を勤めた伊藤家の居宅として今から約200年前に市内元寺町に建てられたものを昭和53年弘前市が伊藤凌二氏から譲り受けたものです。その後移築・復元工事を行って昭和55年12月から一般公開しています。
石高百石前後の中級武士の居宅によく似た構造や特徴を残すこの建物は、東を正面とする玄関を式台構えとし、一間半の広間、座敷、板の間、次の間、常居をほぼ正方形に取り、各部屋に長押を廻しています。座敷の背後に納戸を設け、座敷と次の間の北側に半間の縁がつきます。また、広間と常居の上には一室となった中二階が造られ、東面には二間の格子窓がつきます。
建物の規模は、正面から見て幅約12.6m、奥行約11.5mとなっていますが西側裏手は不明のため復元されておません。
座敷は、簡素ながらも剛質な造作をした床よ違い棚を組み合わせ、藩政時代の落着いた住宅空間を生み出しています。また現代の建物に見られなくなった式台、板大戸、板雨戸、囲炉裏、窓格子、障子窓のほか、天井の張られていない部屋や土壁、通り土間なども往時の建物を偲ばせます。(1800年〜1830年頃建築)

県重宝旧岩田家住宅

弘前市仲町伝統的建造物群保存地域の若党町にある旧岩田家住宅。
弘前は慶長8年(1603年)津軽藩初代藩主為信が計画し、二代藩主信枚によって慶長16年(1611年)に築かれた城下町です。城郭は、四代信政代に変更されるまで城の追手門(表門)は北門(亀甲門)とされ、正面を北に構えていたと伝えられています。
弘前市仲町伝統的建造物群保存地域は、この追手の守護のため、藩重臣の子弟を配備した数ヶ町の一区画にあたり、江戸時代を通じて重要な役割をはたしてきたところです。江戸時代の主屋もさることながら、その前面に坪庭を持つ屋敷の地割りが良く残り、昔ながらの門や板塀、生垣などが伝統的な町並みを形成していることから、貴重な歴史的文化遺産として、昭和53年、国の重要伝統的建造物群保存地域の選定を受けました。

写真の建物は今から200年ほど前の1797年〜1817年に建てられたものと思われる旧武家住宅です。発掘調査や柱などに残された痕跡から判断すると建てて間もない時期に一度曳家され、その後4回ほど間取りや造作などの改造がなされています。しかしそれらの改造も余り大掛かりでなく、柱などの主要構造部や屋根葺材料などはほぼ建築当初のままで現在に至りました。今日武家屋敷の多くが姿を消しあるいは大幅な改造が加えられているなかにあって江戸時代後期の武士の生活を知る貴重な建築構造の一つです。
この土地と建物は、旧武家屋敷街である仲町地区の保存を積極的にすすめていた所有者故岩田夏城氏の遺志により昭和56年8月ご遺族から弘前市に寄付されたものです。その後細部にわたって調査しその結果に基づいて昭和57年度に半解体修理工事を行い広く一般に公開する運びになったものです。

旧梅田家住宅

この建物は江戸時代末期の嘉永年間に建てられた武士の住宅で市内在府町にあったものを昭和57年弘前市が梅田彦一氏から譲り受けたものです。市では移築・復元工事を行い昭和60年8月から一般に公開しています。
建物は南に式台構えの玄関を設けて正面とし、広間と座敷、常居と台所、寝間と土間が続いています。更に寝間と置物の上に屋根裏部屋の形で二階が造られています。また、一階東側に縁を設けています。全体的に南面と東面は開口部が多く開放的な雰囲気をもつのに対して西面は勝手口のほか窓が一箇所、北面は煙出しと思われる高窓を一階に設け、二階に窓を開くだけで閉鎖的な造りになっています。これは冬の北西からの季節風に対応したものと考えられます
建物の規模は、正面の幅が約8.5m、奥行きが約11.5m、地面から屋根頂上までの高さが約8.1m、軒先まで約3.1mあります。建物を作る場合に基本となる尺度に柱と柱の間の寸法が有りますがこの建物では六尺三寸、約1.9mになっています。
この建物で特徴的なのは建物の建築年代及び当初の居住者を推定しうる墨書が調度品に残されていることで社寺や城郭を除く江戸時代の建築物では非常に貴重なものです。この調度品は台所にある大型の戸棚で引き出しの裏に「嘉永五壬子年森新次郎代云々」と書かれており置かれていた場所の床板が他に比べてほとんど汚れていなかったことからこの戸棚は建築当初からその位置で使われていたものと考えられます。また建物の材料調査や居住者の変遷からもこの建築年代が妥当といえます。

これまでご紹介した弘前仲町伝統的建造物群保存地区の一般公開家屋は4月〜6月まで無休で午前10時〜午後4時まで無料で開館されております。その他の月は休館日がありますので弘前市教育委員会生涯学習課文化財係電話0172-35-1111内線398までお問い合わせください。
場所は弘前公園亀甲門を出て徒歩5分〜10分です。

史跡 津軽氏城跡 弘前城
弘前城は、津軽藩主代々の居城で慶長十六年(1611年)に二代藩主津軽信枚によって築かれた城です。
面積約49万2千平方メートル(約14万9千坪)を有し、本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の六郭よりなり三重の濠と土塁で廻らされた城郭です。
現在城跡には、天守閣をはじめ隅櫓3棟、城門5棟の建造物が残されておりいずれも重要文化財に指定されています。







右の写真は弘前城(弘前公園)内にある日本最古のソメイヨシノ。
旧藩士の菊池楯衛から明治15年(1882年)に寄贈されたもので現存するソメイヨシノでは最古。
ソメイヨシノは成長が早い割りに寿命は60年〜80年とされていますが弘前公園のソメイヨシノは老木が多く立派に花を咲かせており日本一と多くの専門家が絶賛しております。







西堀の桜のトンネル。
弘前公園には約2600本の桜があり一つの花芽から通常の倍が咲くボリュームがあります。
ソメイヨシノがメインですが小彼岸桜、飯田吉野、乙女東彼岸、八重紅しだれ、昭和桜、オオヤマザクラ、船原吉野、チシマザクラ、安行寒桜、紅豊、陽光、思川、衣通姫、八重紅しだれ、オオシマザクラ、桐ヶ谷、横浜緋桜、太明、おしどり桜、枝垂山桜、佐野桜、等々多品種があり長期間にわたり桜が楽しめます。